2010年5月17日月曜日

大いちょう

まわりより一段高くなった上にあるため、より巨大に見えます。

築山の植えられているように見えますが、元々この場所は、は宇都宮城の三ノ丸と百間堀を挟む土塁があって、その土塁の上にイチョウの立っていたのですが、イチョウのある部分以外は削られてしまったので、結果、このような形になってしまいました。




石垣のプレートには、太平洋戦争時の空襲で真っ黒焦げになったけど翌年には新芽が出てきたとかいうお話が書いてあります。

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